2017年7月17日(月)「アルチンボルド展」に行く。

・・・暑いねぇ。

さて。三連休。一昨日は自宅仕事という腐った任務をやっつけつつTBSの「音楽の日」をフルに観まして。

で、昨日は晴れ晴れとした気分で国立西洋美術館で開催中の「アルチンボルド展」に行くか?渋谷ブンカ村ミュージアムで開催中の「ベルギーの奇想展」に行くか?で大いに逡巡したのだが・・・

さすがに三週連続で同じ渋谷に行くのなんなんだし・・・

というワケで「アルチンボルド展」目指して上野へGO。

暑い。上野公園やアメ横はそこかしこで「祝!パンダ誕生」で沸き返り、人がゴッタ返している。まぁ上野では人が大勢いるのはいつものことであるが・・・

公園口から出てすぐの、いつもの喫煙所がナイ。・・・ついに・・・

まぁ〜しゃーないので西郷さんそばの喫煙所までエッチラオッチラ・・・暑いわ!

こっちは健在。よしよし。

で、国立西洋美術館前には早くも人だかりが。

チケット購入まで30分あまり。若冲展に比べれば楽勝。

そんなこんなでアルチンボルドである。

アルチンボルド、と言われてもあまりピンとこない方も多いであろうが・・・

あの、野菜だの果物だの樹木だので人物画を形作る「寄せ絵」「だまし絵」の人、といえばみなさんすぐにお分かりだろう。

アルチンボルトは16世紀頃の貴族御用達の宮廷画家であったが・・・

かなりのユーモラスと毒気に満ちたクリエイティビティの持ち主である。

この当時、保守的な時代において絵画はイコール肖像画を意味しており、現在でいえば写真の代わりのようなもの(無論、他に宗教画等もあったが・・・)

風景画や静物画などは「何のためにわざわざそんなモノを描く?」と蔑まれるような存在。

あくまで絵の主役は人物であり、景色や植物やその他の物品は、所詮は背景として描くためのもの(このへん、アニメーションとキャラ絵と背景画の関係に似ている)

しかし、アルチンボルトは思うに人物画以上に自然物や静物、その他もモチーフに心惹かれていたのではないだろうか?

当時といえばレオナルド・ダ・ヴィンチがもたらした解剖学や自然学等の学術的な要素が絵画にも入り「リアルとは?」ということが大きく進展した時代である。またルネッサンスにより印刷技術が確立し、出版物に細密な挿絵を挿入することが可能となった頃合いでもある。

アルチンボルドもそのような学術的絵画に熱心だったという。

そして、非常に保守的かつ思想的に抑圧された時代でもあったろう。

アルチンボルドの、野菜や果物、樹木や草花、魚類や肉片等々・・・を寄せ集めて、人物の顔に見立てる「寄せ絵」は、ユーモラスな中にかなりの毒気を感じる。

これは、実は「どうです、面白いでしょう」とパトロンを喜ばせながら、その実は自らの反骨精神や風刺性、皮肉に満ちた表現を行うための、彼一流の方便でなかったのではなかろうか?

・・・そのように感じられてならなかった次第であります。

彼ののち、やはり様々な物品を人物に見立てる「寄せ絵」が流行ったが、他の作家の作品との違いは一目瞭然である。

一見バカバカしいジョークのような絵画の、ひとつひとつの要素・・・野菜や果物の瑞々しい輝き、獣や魚介類の照りや質感・・・どれをとっても、息を呑むような精巧無比さである。

すべてのもの・ことを知り尽くした完璧な知性と、すべてを精巧に再現できる完璧な技術。

この最高精度の才があり、はじめて成し得ることである。

やはり、創作・クリエイトというものは、なにがしかの反骨精神がその源泉に存在してはじめて成り立つものなのだな、とあらためて考えた。

で、本日は暑いので家でダダラに過ごしております。

まぁ、ナンもせん一日というのも久々だわさ。